「AI時代の到来で誰でもソフトウェアで稼げるようになる」という言説について
私はX(旧Twitter)を時々見てるのだけど、XではAI時代の到来について色々言われている。その中には「AI時代の到来で誰でもソフトウェアで稼げるようになる」と主張する人もいる。いわく「AIを使えば誰でもどんなソフトウェアでも作ることが出来るようになるから、今高額でソフトウェアを販売している会社に対して、割安な価格で同じ機能を持つソフトウェアで勝負を挑めば勝てる」というものだ。
「AI時代の到来で誰でもソフトウェアで稼げるようになる」と主張する人たちの矛盾している点は、「これからソフトウェアの分野はAIによってレッドオーシャン(過当競争)になるぞ!」と叫びながら、進んで自らそのレッドオーシャンに飛び込もうとしているところだ。
仮に本当に誰でもAIでソフトウェアを作れるようになったら、そもそもソフトウェアを外注する人がいなくなるので、誰もソフトウェアで稼げなくなる。欲しいソフトウェアは自分で作ればいいので、お金を払って誰かに依頼する必要が無いからだ。もしそんな時代でも「ソフトウェアを外注したい」というニーズがあるなら、それは「自分でも作ろうと思えばソフトウェアを作れるけど、このソフトウェアについて責任を持ちたくないから外注しよう」というニーズだと思う。外注することで責任を外部化できる。
仮に割安な価格で大企業から顧客を奪えたとしたら、その顧客の第一優先は「価格」ということになる。つまり、その人以外の人が、AIを使って、さらに割安で同じ機能を持ったソフトウェアを作ったら、その顧客はそちらへ移動してしまうことになる。
つまり、もし「AI時代の到来で誰でもソフトウェアで稼げるようになる」が現実化すれば、現れるのは「価格合戦」「割安合戦」である。レッドオーシャン(過当競争)だもの。
仮にそのレッドオーシャンに最終的に勝利できたとしても残るのは、責任を負わされて薄利を稼ぐ人生である。それはAI時代の勝者と言えるのか?
だから「俺はAIに関しては人よりも詳しいんだ。AI時代の未来も人よりも見えているんだ」と主張しながら、レッドオーシャンに突き進もうとしている人は本当に不思議。
私も「AI時代がもし本当に到来するなら」と想像してみたりするけど、そうすると「AIを使いこなす立場」よりも、むしろAIが入りにくい場所、AIによる代替が難しい場所を探して、そこに根を張った方が良い気がする。AIとの正面からの競争を避けた方が良い気がする。
なぜならAIがめちゃくちゃ進化するとしたら、そもそも「誰でもAIを使いこなせる」という状況になって、「AIを使いこなす立場」みたいな状況が陳腐化すると思うから。
まあフィジカルAIまでも実現してしまったら、もうAIで代替できない物は無くなってしまうかもしれないけど。