答えが知りたい。

多分、人間は「答え」が知りたいんだと思う

多分、人間は「答え」が知りたいんだと思う。

例えば人間が宗教を信じてしまう理由は、宗教があらゆることへの「答え」を教えてくれるからだそうだ。

今、旧統一教会が問題になってるけど、旧統一教会を信じている人はなぜ信じているかというと、旧統一教会があらゆる問題への「答え」を教えてくれたのだと思う。

「答え」を教えてくれたのだ。もう「正解」が分かった。この教え通りに生きれば自分も家族も幸せになれるのだ。だからもう自分は悩まなくていいのだ。

そうやって、自分自身で考ることを放棄した罰として、いつの間にか自分が旧統一教会の信者であるせいで家族が不幸になっているのだ。

人間はいつだって「正解」が知りたい。「答え」が知りたい。

そして「答え」を教えてくれるのは宗教だけではない。

例えばインフルエンサーの多くは「答え」を教えてくれるから支持される。元2ちゃんねるの管理人であるひろゆきさんは答えを教えてくれるし、イェール大学助教授の成田悠輔さんも答えを教えてくれる。

私たちは彼らに「答え」を教わったのだ。「正解」を教えてもらったのだ。だからもう自分で悩まなくていいのだ。彼らの言う通りに生きればいいのだ。

例えば私は本に「答え」を教えてもらうのが好きだ。私は本から教えてもらった「答え」を喜んで受け取り、無条件に信じたりするのだ。

読書もネットもしない人は、テレビから「答え」を教えてもらうのが好きだ。テレビがあらゆることの「正解」を教えてくれるから、もう悩まなくていいのだ。あとはテレビの言う通りに生きればいいのだ。

そうやって私たちは自分自身で調べて、考えて、自分なりの答えを出すという面倒臭い作業を放棄し、「正解」だけを安易に受け取り、彼らの言う通りに生きることによって、私たちは何かを間違うのだ。

そして、この間違いを防ぐためには、私たちは「たった一つの何か」や「たった一人の誰か」が教えてくれる「唯一の答え」を信じるのではなく「できるだけたくさんの、あらゆる物やあらゆる人」が教えてくれる「たくさんの答え」を学び、それを元に自分自身で考えることで、ようやく片寄りの無い「おおむね正しい答え」に辿り着くことができるのだろう。

でも私たち人間は「できるだけたくさんの、あらゆる物やあらゆる人」が教えてくれる「たくさんの答え」を学ぶ能力を持っていない。

右翼は左翼の話を真面目に学んだことはない。だって最初から聞く気がしないからだ。

左翼は右翼の話を真面目に学んだことはない。だって最初から聞く気がしないからだ。

ワクチン推進派は反ワクチン派の話を真面目に学んだことはない。だって最初から聞く気がしないからだ。

反ワクチン派はワクチン推進派の話を真面目に学んだことはない。だって最初から聞く気がしないからだ。

私たちは旧統一教会の話を真面目に聞いたことがない。だって最初から聞く気がしないからだ。

旧統一教会の信者は私たちの話を真面目に聞いたことがない。だって最初から聞く気がしないからだ。

ウクライナ支持派の人はロシア支持派の人の話を真面目に聞いたことがない。だって最初から聞く気がしないからだ。

ロシア支持派の人はウクライナ支持派の人の話を真面目に聞いたことがない。だって最初から聞く気がしないからだ。

本当に正しい答えを知りたいのであれば、理想的には両方の話を真面目に聞いた上で判断するべきだ。

でもこの文章を読んでいるあなたは上の例のどちらか片方の話しか真面目に聞いたことがなく、もう片方の話をそもそも真面目に聞こうと思ったことすらないだろう。

なぜなら私たち人間は論理的な生き物ではなくて、不完全な生き物なので、両方の話を真面目に聞いた上で判断をすると言う正しい動作ができず、最初から片方だけを信じて、もう片方の話を最初から信じないと言う行動をとる。

私たちは真実を信じたいのではなくて、信じたいものを信じたいのだ。

だから私たちはみんな間違う。