ガルニモ

私は天才の可能性がある。

ネコ

可能性を考慮に入れる

「可能性を考慮に入れる」ということについて。

詐欺師に騙される人の話。

「私は詐欺師に騙されるかもしれない」と思っている人よりも「私は絶対に詐欺師に騙されない」と思っている人の方が詐欺師に騙されやすいことは広く知られている。

これはきっと「私は詐欺師に騙されるかもしれない」と思っている人はきちんと自分が騙される可能性があることを考慮に入れて生きているので、いざ騙されそうになった時に「私、騙されているのでは?」と気付けるのに対して、「私は絶対に詐欺師に騙されない」と思っている人は自分が騙される可能性があることを全く考えていないので、いざ騙されそうになっても「私は今騙されている」ということにそもそも思い至れないのではないだろうか。

つまり人間は事前に可能性を考慮していないと、それが発生してもそれに気づけないのではないだろうか。

例えば「私は常に正しい」と思っている人は、実は常に正しいのではなくて、間違っても「今自分は間違った」と気づく能力が無いだけではないだろうか。なぜ気づく能力が無いかというと「自分は間違えるかもしれない」という可能性を考慮に入れていないから。

それに対して「私は間違う時もあるかもしれない」と思っている人は、実は能力が低いのではなくて、間違った時に「今自分は間違った」と気づく能力が高いだけでは無いだろうか。なぜ気づく能力があるかというと「自分は間違えるかもしれない」という可能性を考慮に入れているから。

つまりむしろ「私は間違う時もあるかもしれない」と考えている人の方が、自分が間違った時にそれに気づける能力があるぶん「私は常に正しい」と考える人よりも能力が高いとさえ言える。

例えば「私は頭が良い」と思っている人は、実は頭が良いのではなくて、苦手な分野があるのにそれに気づく能力が無いだけでは無いだろうか。なぜ気づく能力が無いかというと「自分は頭が悪いかもしれない」という可能性を考慮に入れていないから。

例えば「私は頭が悪いかもしれない」と思っている人は、実は頭が悪いのではなくて、自分に苦手な分野があることに気づく能力が高いだけでは無いだろうか。なぜ気づく能力が高いかというと「自分は頭が悪いかもしれない」という可能性を考慮に入れているから。

例えば「私は善人だ」と思っている人は、実は善人なのではなくて、自分が悪を行ってもそれに気づく能力が無いだけでは無いだろうか。なぜ気づく能力が無いかというと「自分は悪人かもしれない」という可能性を考慮に入れていないから。

例えば「私は悪人かもしれない」と思っている人は、実は悪人なのではなくて、自分が悪を行った時にそれに気づく能力が高いだけでは無いだろうか。なぜ気づく能力が高いかというと「自分は悪人かもしれない」という可能性を考慮に入れているから。

というのが「つまり人間は事前に可能性を考慮していないと、それが発生してもそれに気づけないのではないだろうか」の説明なのだけど、これはマイナスのことに関してだけではなく、プラスのことに関しても同じように作用するのでは無いだろうか。

例えば「今日は幸運なことが起きそうな気がする」と「幸運が起こる可能性」を考慮している人は、幸運なことが発生した時にその幸運に気づくことができるが、「自分の人生は不運なことばかり起こる」と考えている人は幸運なことが起こってもそれに気づく能力が無いのでは無いだろうか。なぜなら「幸運が起こる可能性」を考慮に入れていないから。

例えば「自分はもしやカッコイイのでは」と「自分のカッコよさの可能性」を考慮に入れている人は、完璧にカッコイイ人にはなれなくても、部分的には自分のカッコイイところを発見できるのではないだろうか。そして「自分はブスだ」と考えている人は部分的にカッコイイところがあっても、自分のカッコよさに気づくことができないのではないだろうか。なぜなら「自分はもしやカッコイイのでは」という可能性を考慮に入れていないから。

例えば「自分はもしや可愛いのでは」と「自分の可愛さの可能性」を考慮に入れている人は、完璧に可愛い人にはなれなくても、部分的には自分の可愛いところを発見できるのではないだろうか。そして「自分は不細工だ」と考えている人は部分的に可愛いところがあっても、自分の可愛さに気づくことができないのではないだろうか。なぜなら「自分はもしや可愛いのでは」という可能性を考慮に入れていないから。

ということは、人生をポジティブに生きていくために大事なことは「幸運なことが起こるのでは」「自分はかっこいいのでは」「自分は可愛いのでは」「自分は幸せになるのでは」というようにポジティブな可能性を考慮に入れて生きていく、ポジティブな可能性を期待して生きていくことだ。ポジティブな可能性を考慮に入れることで、きちんとそれに気づくことができる。

逆に、人生をネガティブに生きていくのに大事なことは「不運なことが起こるのでは」「自分はブスでは」「自分は不細工では」「自分は不幸になるのでは」というようにネガティブな可能性を考慮に入れて生きていく、ネガティブな可能性を期待して生きていくことだ。ネガティブな可能性を考慮に入れることで、きちんとそれに気づくことができる。

ところで、実はあなたはこの世界を救う運命にあるスーパーヒーローなのですが、「もしや私は世界を救う運命にあるスーパーヒーローなのでは」という可能性をきちんと考慮に入れながら生きていますか?

あなたが「もしや私は世界を救う運命にあるスーパーヒーローなのでは」という可能性を考慮に入れながら生きていないと、いざ世界を救わないといけない時に、自分がその鍵を握る重要人物だということにあなた自身が気づけない可能性がある。