ガルニモ

バーナード・ショー曰く「不幸になる一番の方法は幸福について考えることだ」。私だめじゃん!!

ネコ

世の中には2種類の人間がいる

人間はどのような人生を送れば幸福なのか。もはや私ほど人生について勉強している人はいないのではないだろうか。今後は私のことを人生マスターと呼べ。

そんな人生マスターの私が人生の研究を続けたところ、世の中には2種類の人間がいることが分かった。え?「どこかで世の中には4種類の人間がいるって聞いたことがある」だって?なんだよそいつ。人生についてちゃんと勉強したのかよ。人生素人だろ。どうせ「A型とB型とO型とAB型だ」とかくだらない事を言うんだよ。滅びればいいのに。

私が発見した2種類の人間とはすなわち、以下である。

  1. 神様
  2. カリスマ

研究の結果、人間はこの二種類に分けられることを発見したのだ。つまり、あなたは神様かカリスマである。あなたはもっと「天にまします我らのあなた」と祈られたり、「マジ半端ねぇっす」ってマジリスペクトされたりすべきなのだ。

神様とは他人のために生きている存在だ。他人を想い、他人を助け、時には他人のために命を投げ出すことさえするのだ。

カリスマとは自分のために生きている存在だ。好きなように生き、信念をつらぬき、その生き方に人々は魅了されるのだ。

「他人のために生きる」「自分のために生きる」以外には無い。つまり、あなたは神様かカリスマである。

そして、ここからは私の推測と思い込みのみで話すので、一切信じないように。

おそらく、世の中には「他人のために生きる」人のほうが多いと思う。神様のほうが多いのだ。つまり、高い確率であなたは神だ。私も学生時代は神であった。

しかし、おかしい。私に信者がつかない。私神なのに。こんなに人のために生きているのに。

人間が幸福を感じる方法の一つとして「他人のために何かをする」というのがある。自分自身のために何かをするよりも、他人のために何かをしたほうが、より強度に幸福を感じることが出来るのだ。このことから察するに、キリストやブッダは「幸福ジャンキー」だったのではないだろうか。幸福中毒。幸福を感じずにはいられない。もっともっと幸福を。きっとキリストやブッダは欲望のままに他人を助け、欲望のままに他人を想い、欲望のままにその人生を他人のために使ったのではないだろうか。

翻って私の神様時代(学生時代)。私は不幸であった。他人のために生きるとはかくも辛く、苦しいのか。ここから察するに、私は神のふりをしていたが、実は神ではなかったのだ。そしてこの文章を読んでいる神々の皆さんも、もし現状が辛いなら、実はあなたは神ではないのだ。かといって、あなたは自分のためにも生きていない。あなたは神でもカリスマでもない。あなたは「民」だ。

世界的に見て日本という国の幸福度が低いのは、もはや人生マスターの私にとっては既知の事実である。八百万の神々の国、日本なのになぜ幸福でない人が多いのか。

そもそも学生時代、私は他人のために生きていたのか。神であるあなたは本当に他人のために生きているのか。

研究の結果、私は新たな事実を発見した。大事なのは「主体性」である。学生時代、正確には私は他人のために生きているのではなく、他人に言われるがままに生きていた。そして、神であるはずのあなたが幸福を感じていないのは、おそらくあなたが他人のために生きているのではなく、他人に言われるがままに生きているからだ。

私は「きっとこうすれば彼は喜んでくれるだろう」と思って何かをやったことはない。私は「きっとこうすれば彼は助かるだろう」と思って何かをやったことがない。主体的に何かをやったことがなく、他人が言われるがままに生きることを「他人の望むように生きている」=「彼の望みを叶えている」=「私は他人のために生きている」と誤解していたのだ。

だって、どう考えてもキリストやブッダが他人に言われるがままに生きたとは思えない。彼らは「きっとこうすれば彼は喜んでくれるだろう」と誕生バーティーを開いたり、「きっとこうすれば彼は助かるだろう」と寝てる間に彼の鼻毛を切ったりしたのだ。主体的に。そして彼らは神になったのだ。

正直、私も元々主体性を持たない人間だったので、主体性を持たない人の気持も分かる。すなわち責任を持ちたくないのだ。何かをやることに対して。ただ「主体性を持たずに人の言われるままに生きる」生き方は、ものすごく辛くて苦しい。「主体性」を持ったほうがずっと楽。「責任」を持ったほうがずっと楽。

そう考えると実は世の中には3種類の人間がいるのだ。

  1. 神様
  2. カリスマ
  3. 人のために生きていると勘違いしている民

主体的に他人のために生きるっていうの結構レベル高くね?私はそんな立派な存在になれない。よって私は現在、主体的に自分のために生きるというカリスマを目指している。今度から私に挨拶するときは「マジぱねぇっす!マジリスペクトっす!」って言うように。