ガルニモ

お久しぶりです。生きてます。

ネコ

人生の成功パターンについて

しばらくサイトを放置していましたが、気が向いたので更新をしようかと思う。

人生の成功パターンの前に、ちょっとだけ株式投資の話をさせてください。

株式投資に関する本を大量に読んだことがある人は分かると思いますが、実は株式投資には「こういうやり方が成功するためのやり方だよね」っていう成功パターンが何通りか存在する。本を大量に読むことで、そういうのがぼんやりと見えてくる。多分、その何個かの成功パターンのうち自分に最も合ったやり方を選んで株式投資を行うのが成功の秘訣なのだ。ちなみに私は小型成長株投資が好き。

というように、何かの分野に興味を持った時に、それに関する本を大量に読むことで「これが正解のパターンだな」とか「これが成功のパターンだな」っていうのがなんとなく見えてくる。

でも、あなたにとって株式投資の成功パターンの話はどうでもいいと思う。だってほとんどの人は株式投資をやっていないから。

でも「人生の成功パターン」には興味があるでしょう。

私はAmazonで「幸福」「お金」「人生」「死」に関する本を大量に買って読みまくるというハードボイルドな男なので、もちろん人生の成功パターンもなんとなく見えている。

というわけで今回は皆さんに「人生の成功パターン」をお教えしようかと思う。

ところでこれを見ている人の中には「人生の成功の定義が人によって異なるのだから、人生の成功パターンなんて無いのでは」と疑問に思う人もいるかもしれない。例えば都会で大きな家を買ってお金持ちの生活をすることを成功とする人もいれば、田舎の静かなところで小さな家を買ってほのぼのと暮らすことを成功という人もいる。世界を旅しながら生活する人生を成功と言う人もいれば、家にこもって大量の本を好きなだけ読む人生を成功という人もいる。細く長く生きる人生を成功とする人もいれば、太く短く生きる人生を成功という人もいる。つまり、万人に共通する人生の成功パターンなんて無いのでは?という疑問だ。

大丈夫です。なぜなら私が教えたい「人生を成功するための方法」とは「目標を達成するための方法」だから。

つまり「都会で大きな家を買ってお金持ちの生活」も「田舎の静かなところで小さな家を買ってほのぼのと暮らす」も「世界を旅しながら生活」も「家にこもって大量の本を好きなだけ読む」も「細く長く生きる」も「太く短く生きる」も、それを目標にすれば達成できる、という方法だからだ。

というわけで「人生の成功パターン」すなわち「目標を達成する方法」をお教えしよう。

まず、あなたの達成したい目標を文字に書きます。

次に、その目標を達成する期日を文字に書きます。

次に、その目標を期日までに達成するための計画を文字に書きます。

最後に計画通りに実際に行動します。

そうすると、例え非現実的な目標でも結構実現できるよ、っていうのが「人生の成功パターン」です。

「なんだよ!目標と、その目標が達成される期日を文字に書けば実現できる、ってよく言われてる例のアレかよ!!」って思った方、その通りです。例のアレです。まあ、せっかくここまで読んだんだから、一応最後まで読んでいってくださいよ。

さて、世間一般の「夢は文字に書くと実現するよ」的なブログ記事は「夢は文字に書くと実現するよ!世間でよく言われてるよ!是非試してね!じゃあね!」で終わらせているけれど、私はどの書籍でどのように書かれているのか実際に列挙してみようかと思う。

あなたの潜在能力を引き出す20の原則と54の名言

6の1 目標をすべて紙に書きとめる

以前、多くの人から「人生で欲しいものを明確にし、具体的で測定可能な目標を設定しろ」と言われました。それは確かに良いアドバイスでしたが、あまりにも頻繁に聞かされたので、私は「目標設定」と聞いただけで拒絶するようになりました。

ある日、本当に効果があるのかを確かめるために、試してみることにしました。欲しいものをすべて紙に書き、それを目標にしたのです。

すると驚いたことに、学業とスポーツの成績が伸び、人生の他の分野でもうまくいくようになったのです。卒業後、事業を立ち上げてからも成功をおさめました。

しかし私にとって大きかったのは、結果がはっきり出ることで、自分の進歩の度合いがわかるようになり、その結果、自分に自信を持てるようになったことです。

目標を書きとめると、不思議なことが起こり始めます。それは、この方法を試した人すべてが証言していることです。

あなたが本気なら、この章はこの本の中で最も重要かもしれません。目標設定は未来を事前に想像する機会を与えてくれますから、これは絶対におすすめです。

理想の自分をつくる100の法則

019 必ず目標を達成すると決意する

単に何かを成し遂げたいと思うだけで偉業を達成した人について聞いたことがあるだろうか。

もちろん、そんなことはないはずだ。

偉業を達成した人はみな、熱烈な願望を持ち、必ず目標を達成すると決意していた。

なりたい自分になるためには、どんな人物になりたいかを決め、どうやってそれを実現するかを考える必要がある。自分の将来を成り行きに任せてはいけない。

成功者は明確な目標を持っているが、普通の人たちは単なる夢を持っているだけだ。

新・完訳 成功哲学

この本に関してはどう文章を引用しようか迷うところなのですが、少し文章を変えながら抜粋するとすれば

その一 望みの目標を正確に頭に刻む。例えばお金持ちになりたい場合はただ単に「有り余るほどの金銭が欲しい」では不十分。具体的な金額を確定する。

その二 目標を達成する見返りを何にするのか、正確に決める。

その三 目標を達成する時期を明確に決める。

その四 自分の願望を達成するための明確な計画を立て、その準備の状態がどうであっても、すぐにその計画を行動に移す。

みたいなことが書かれてます。

人は考えたとおりの人間になる

考えというものは、何かしらの目的と結びつかない限り、実のある成果を上げられないものだ。多くの場合、残念ながら、私たちの考えやひらめきは、大海に浮かぶ船のように目的もなく漂っているだけである。目的がないことは、それだけでも不道徳な行為である。災いや破滅をさけて航行しようとするならば、何らかの目的を持つことが必要だ。

他人の期待に応えない ありのままで生きるレッスン (SB新書)

孫引きで申し訳ないのですが、この本によるとヘルマン・ヘッセ著、高橋健二訳『ヘッセ詩集』(新潮文庫)に以下のような文があるそうです。

目標に向って

いつも私は目標を持たずに歩いた。決して休息に達しようと思わなかった。私の道ははてしないように思われた。ついに私は、ただぐるぐるめぐり歩いているに過ぎないのを知り、旅にあきた。その日が私の生活の転機だった。ためらいながら私はいま目標に向って歩く。私のあらゆる道の上に死が立ち、手を差出しているのを、私は知っているから。

自分を動かす (あなたを成功型人間に変える)

「心」は得体の知れないものではなくて、脳と神経系からできている一種の仕組み(メカニズム)で、目標をもったときに効率的に作用するものです。

この仕組みには人格などありません。あなたが設定した目標次第で、幸せを掴むようにも働くし、不幸を嘆くようにも作用するのです。「成功目標」をかかげれば「成功の仕組み」が働くし、「失敗目標」をかかげれば「失敗の仕組み」が自動的に作用するのです。したがって、働きかける目標とか対象、問題などをはっきりとした形でもっていることが必要です。

というように、こんなにもたくさんの本に「目標」について書かれている。というわけでいくら空気の読めない私でも流石に気付く。「つまり、人生の成功パターンは目標を持つことなんだな」と。

ところで皆さんは疑問に思うかもしれない。「本当に目標を紙に書くと常に100%実現するのか?」と。

実のところ常に100%実現できるわけではない。目標を設定して計画を立てて実際に行動すると、何かしらの結果は出るけれど、例えば「1億円の貯金をためる予定が500万円しか貯金が増えなかった」とか「恋人を作る予定が異性の友達しか作れなかった」っていうことはあるかもしれない。ただ、冷静に考えて欲しいんだけど、これ、目標を設定した意味がなかったと思う?確かに1億円は貯まってないかもしれないけれど、500万円貯金が増えたんでしょ?冷静に考えたらめっちゃすごくない?恋人を作る予定が、異性の友達しかできなかったんでしょ?恋人がいなかったところからめっちゃ進歩してるじゃん。

目標を100%の達成率で達成できなくても常に何かしらの結果は出る。それはほんのちょっとの進歩かもしれないけれど、確実に進歩している。「その一歩は人類にとっては小さな一歩だが、あなたにとっては偉大な一歩」。

さて「目標を紙に書くといいよ」という話をすると、あなたはきっと思うでしょう。「それは意識の高い人のやり方だな。意識の低い私はそんなことしない」。人類はなんでこんなに愚かなんだろう。人生をサボるためには目標を明確にする必要があるのに。

人生に目標を持つということは「何について頑張ればいいかが明確になる」ということだ。つまり、逆に言えば「何について頑張らなくても良いかも明確になる」のだ。目標達成のため以外のことは力を抜かしていいのだ。サボっていいのだ。

逆に人生に目標を持たない人は人生に優先順位がない。だから、とりあえず来たものすべてに頑張る。来たものすべてに100%のエネルギーを使おうとする。人生をさぼれない。

エッセンシャル思考 最少の時間で成果を最大にするという本を紹介したい。

この本によると人間はすべてのことに100%のエネルギーを発揮しようというのは「あらゆる方向に努力が引き裂かれている。だからどの方向にもほんの少しずつしか進めない」。

それに対して目標を一つに定めてそれのみにエネルギーを発揮し、それ以外には極力エネルギーを発揮しないようにすることは「努力の方向が絞られている。だから、とても遠くまで進むことができる。エネルギーの使いどころを必要最小限にすることで、いちばん重要なものごとにおいて最大の成果を上げている」と書かれている。

人生で何かを成し遂げるために。そして、人生で「力を入れなくてもいいこと(サボっていいこと)」を明確にするために、目標は設定した方がいいのだ。

「目標をわざわざ明確にしなくても、偶発的に人生がうまくいくことだってあるじゃないか」と思う人もいるかもしれない。確かに私も偶発的に人生がうまくいくことがあることを否定しているわけではない。かと言って、人生の全てを「偶発的にうまくいく可能性」に賭けることは反対だ。基本的に人生は何かの目標を設定して生きていくべきであり、目標を達成しようと努力する過程で、偶然何か面白そうなことや能力が発揮できそうなことと出会ったら、その時に初めて「この偶発的な出会いに乗るかどうか」を決めるといいと思う。

つまり人生のベースは常に「目標を設定した人生」であるべきで、オプションとして「偶発的にうまくいく人生」を使うべきだ。

「目標なんて設定しなくても、人生は目の前のことをただガムシャラに努力していればどこかにたどり着く」「人生は流されるままに生きていれば、収まるべきところに収まる」。私はこれらを信じない。

就職氷河期世代のことを考えて欲しい。あれだけ問題になっているということは、就職氷河期世代の人は本人に問題があったわけではないにも関わらず、ブラック企業にしか就職できなかったり、正社員の職につけなかったりしたのだ。

就職氷河期世代の人の中には「人生は目の前のことをただガムシャラに努力していればどこかにたどり着く」と信じて努力したり「人生は流されるままに生きていれば収まるべきところに収まる」と信じて生きてきた結果、人生がどうにもならなくなった人がたくさんいる。

目の前のことをただガムシャラに努力していればどこかにたどり着いた人や、流されるままに生きて、収まるべきところに収まった人がいることを否定しないけれど、彼らはただ単に運が良かっただけだと思う。

私たちが「目標なんて設定しなくても、人生は目の前のことをただガムシャラに努力していればどこかにたどり着く」という言葉に魅力を感じるのは、「目標設定なんていう面倒くさいことをしなくてもいいよ」と言われている気がするからだ。「人生は流されるままに生きていれば、収まるべきところに収まる」という言葉に魅力を感じるのは、「努力しなくても収まるべきところに収まるよ。だから努力しなくていいよ」と言われている気がするからだ。

でも、人生を成功するためには目標を設定して、それを達成するための努力をする必要があるのだ。

これを見ている人の中には「親にテストで100点をとることを目標に設定させられた」とか「会社で営業成績を上げることを目標に設定させられた」という人もいるかもしれない。

でも私がここで言っている「目標」というのは「他人に強制されて設定した目標」の話ではなく、「あなた自身が心のそこから達成したいと思う、あなた自身が設定した目標」のことだ。

だってあなたの本当の目標は「テストで100点をとること」なんかではなくて「新しく発売されたゲーム機を手に入れること」じゃない?。あなたの本当の目標は「営業成績を上げること」なんかではなくて「マイホームを手に入れること」じゃない?

目標達成の方法に関して少し補足したい。

例えば「目標の達成方法に関して何もわからないものを目標に設定していいのか?」と思うかもしれない。目標に設定していいのだ。

まず目標に設定した後に「どうやればその目標を達成できるかの手段を調べる計画」を立てよう。

「Aという目標を達成するためには、その前にまずBという目標を達成する必要がある」と考えたときでも、常に目標は「A」にすべきで「B」は計画の中で中途目標として記述しよう。最終目標(A)を常に一番の目標と設定することで、もしかしたらBよりももっと良い方法を思いつくかもしれない。

目標を設定したものの、まっとうな手段では達成できない目標であるならば、まっとうではない手段を考えよう。この世界は法律を犯さない限り、あらゆる卑怯な手段をとっていいのだ。

それでも目標なんか設定したくないという人に、最後に鬼滅の刃の話をしたい。

正直いうと私、鬼滅の刃は漫画もアニメも見たことがないんだけど、鬼滅の刃にこんなセリフがあるそうだ。

「生殺与奪の権を他人に握らせるな」

もしあなたが人生で目標を持っていないとするなら、あなたは自分の人生を自分自身でコントロールしようとしていないということだ。

あなたが自分の人生を自分でコントロールしていないとするなら、あなたの人生は一体誰がコントロールしているんだろう?

「世の中」?「社会規範」?「道徳」?「宗教」?「親」?「学校」?「会社」?「恋人」?「上司」?「先生」?「常識」?「空気」?

まあ、誰があなたの人生をコントロールしていてもいいんだけど、少なくともあなた自身があなた自身の人生をコントロールしていない時点で、あなたは「生殺与奪の権を他人に握らせ」てるよね?

そんなだから水の呼吸壱の型で簡単に殺されるんだよ。