文学ファイター

絵を描くのが面倒くさくて絵を使い回してるけど私は元気。

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2021年4月17日の日記

お久しぶりです。生きています。最近の私は株式会社を作り、サービスをリリースし、絶賛赤字を垂れ流し中ですが元気にやっています。

株式会社といっても一人でやってる株式会社ですが。

まず、なぜあれほどまで労働を忌避していた私が起業したのかの説明をしたいと思います。といっても一言で説明できるものではなく、理由はいくつかあります。

みたいな感じで、無職の時の環境の全てが私に「今チャレンジするなら起業がいいよ!」って勧めてたので起業しました。

また過去記事で何度も言っていますが、私は人生は思い出を作るためのものと思っているのですが、インドア派なのであまり外に出て思い出を作るぞ、っていう気持ちにならない。でも、起業なら家に引きこもったまま思い出作れる!というのも起業した理由のひとつです。

実際、起業して働いてみてどうか、というとものすごく楽しいです。昔、内向型人間という過去記事で「人間は労働が義務だから労働が嫌いなのでは無いだろうか。実は好きな時に働いていいのであれば労働はそれほど苦痛では無いのでは」的な文章を書いたことがあるのですが、まさしくその通りで自分が働きたい時に働ける状況になると、労働は「労働」というよりも「趣味」みたいな感じです。私がまだ働いていた頃、個人事業主や起業家には働くのが好きすぎて徹夜で働く人がいるという話を聞いたことがあり「頭イカれてるのかな?」と思ってましたが今なら分かる。これは楽しい。マジで徹夜してもいいくらいに楽しい。赤字を垂れ流してるけど。

なお、今日久しぶりにサイトを更新しようと思った理由ですが、なぜか起業がひと段落して暇になってしまったからです。赤字を垂れ流してるのに。起業の勉強した限りでは起業したあとはずっと人間は死に物狂いで働くものだと書かれていたのでてっきりそういうものだと思ってたのですが、なんか私ヒマになってるよ?起業の仕方間違ってるんだろうか。

ヒマなので色々書こうかと思う。

認知療法について。

私は過去記事で何度か生きづらさを抱えている人向けに記事を書いたことがある。なぜなら私自身も昔、生きづらさを抱えていたからだ。で、時々そういう記事に対してお礼のメールをもらうことがある。私の記事が役立って本当に良かった。

ただこれは冷静に考えてみると不思議だ。私はお礼メールをくれた人を直接何かしら助けた(金銭をあげたり薬を与えた)わけではなく、「こういう考え方をするといいよ」というのを示しただけである。で「こういう考え方をするといいよ」っていうのを書いてお礼メールをもらえたということは、私の記事は一種の認知療法になっているのだと思う。

認知療法というのは心の病になるような悪い考え方の癖を直し、良い考え方をするようにする治療方法である。実際にうつ病とかの治療に使われているそうだ。私は受けたことないけど。悪い考え方をするだけで人は生きづらさを感じ、そして「こういう考え方もあるよ」っていうのを示されるだけで生きづらさが軽減する、ということは「私たちが物事をどのように考えるか」というのは、私たちが思っているよりもすごい効果があるのでは無いかと考えたりする。

認知療法が取り扱う範囲は「生きづらく感じている人を救う」「生きやすい考え方に変える」だけだけど、もしかしたら本当は「常に幸せを感じられる考え方が存在」したり「こういう考え方をするだけで成功する人生を送れる」みたいな考え方もあるんじゃ無いかと思ったりする。

つまり、人間の社会的成功を私たちは「その人の能力のおかげ」だと考えがちだけど、実は能力よりも「その人が物事をどのように考えるか」の方が社会的成功に影響するのでは、とか想像したりする。

今日の夜、皆さんにベッドの中で寝るときに自分がどんな考えをしているか自分の考え事を客観的立場から観察して欲しいんだけど、人間って基本的に自分の持論をずっと頭の中で反芻してるんだよね。つまり人間は基本的に自分の考えで自分自身を洗脳している。だから、少しでも悪い考え方を学習してしまうと、自分自身で自分自身をその考えで洗脳してどんどん悪い方に転がったり、逆に少しでも良い考え方を学習すると、自分自身で自分自身をその考えで洗脳してどんどん良い方向に転がったりするんじゃ無いだろうか。知らんけど。

私程度が思いつく全てのことは、すでに昔の人が思い付いている、について。

私の人生観は「人生は思い出作り」っていうのを過去記事で何度か話した(我が人生観2017年7月1日時点の人生計画)ことがある。でも、実は「死後の世界に持っていけるものは思い出だけ」という考え方は元々日本にある。「冥土の土産」という考え方だ。老人が面白い出来事に遭遇すると「いい冥土の土産が出来た」という言葉を言うことがあるが、これは「この面白い出来事を思い出としてあの世に持っていくぞ」と言うニュアンスである。

で、私はこれを発展させて「死後の世界には思い出しか持っていけないんだから、人生は思い出作りのためのもの。つまり、人生は観光旅行みたいなものだ」みたいな話をしたことがあり「これでどうにか私のオリジナリティ出てませんか」と思ってたのだけど

この本に「江戸時代の人は人生を物見遊山だと考えていた」みたいな記述がある。物見遊山とはつまり観光旅行のことなので、人生を観光旅行に例えるのは江戸時代の人がとっくにしていて、私にオリジナリティなんてなかった。

なお、過去記事で私は何度も「人生は目的を持つのが大事」と言う話をしていたけど、人生は目的を持つのが大事と言う考え方は私がそう考える前にすでに知られてる。

この本は「人間は達成できる目的を設定するべき」派の本である。

そして

の本と

の本は「人間は達成する方法が分からない目的を設定していいし、むしろ達成する方法が分からない目的を設定すべき」派の本である。

なお私個人は「人間は達成する方法が分からない目的を設定していい」派の人であり、どちらかと言うと下二冊の考え方を支持する派です。

また、目的を設定してその目的達成のための努力をすると実際に楽しい(幸福度が高い)んだよね。やってみたら分かるけど。そして実際に達成すると、むしろ幸福度は少し下がります。これもやってみたら分かるけど。

だから上にあげた目的に関する本では「目的を達成したら(達成しそうになったら)次の目的を設定しろ」って書かれてます。

目的を設定してその実現に向けて努力するのがなぜ楽しいかというと、一つに「自分の人生をコントロールしている(またはコントロールしようとしている)」と言う実感が感じられるからだと思う。

と言う幸せに関する本の92ページあたりで幸福感に与える影響力は高い順から「健康」「人間関係」「自己決定」「所得」「学歴」である、みたいな記述がある。この「自己決定」が「人生を自分でコントロールしているという実感」のことだ。多分「一度サラリーマンを辞めて個人事業主になったり起業に挑戦したりすると、二度とサラリーマンに戻りたくなくなる」と言うのは、サラリーマンだと月曜日から金曜日まで出社して働くのが義務であり「人生を自分でコントロールしている」と言う実感を感じにくいが、個人事業主や起業家はいつ、誰と、どのように働くか、どんな事業を行うかの全てを自分で決めることができるので「人生を自分でコントロールしている」と言う実感を感じやすくて幸福感が高いのだと思う。

また同じくこの本に、夢を持ってそれに向かってチャレンジするとドーパミンが出るとの記述がある。つまり、化学物質的にも実際に幸福度を感じるのだ。

ただ、こんな難しい話をしなくても皆さん「お祭りよりも、お祭りの準備をしているときの方が楽しかった」みたいな話を聞いたことがあると思う。要するにそれだ。

昔、人生の目的・生きる意味と言う過去記事で『つまり人間は「あー面白かった」って思いながら死ぬことを目的にすればいいのでは』と言う話を書いた。今もこの考え方は変わってないし、まさにこのために人生を楽しもうと思ってるし、色々思い出も作ろうとしてる。

「あー面白かったと思いながら死ぬこと」を目的として、私は人生全体を努力して生きている。つまり私にとっては死ぬことがお祭りであり、人生全体がお祭りの準備である。つまり「あー面白かったと思いながら死ぬこと」を目的にすれば、人生全体が楽しいものになるのでは無いだろうか。そして実際のお祭り、つまり死ぬ時には意外と「なーんだ、死ぬって案外こんなもんか」と思いながら死ねるのでは。なんせ目的達成よりも目的達成の努力をしている期間の方が楽しいからね。実際のお祭りよりもお祭りの準備期間の方が楽しいからね。

死について。

社会的成功者の中には「過去に人生の地獄を味わったことがあり、そこから復活して成功できた」みたいな話を聞くことがある。なぜ人生の地獄を味わうと社会的に成功するのかというと、人生の地獄を味わったことがある人は「生きるべきか死ぬべきか」について真面目に考えたことがあり、そこから復活した後も、常に自分がいつか死ぬことを心の底から理解しているからだと思う。

人は死を意識するとパフォーマンスが上がる(人は「死」を意識すると、本当にパフォーマンスが向上する:研究結果)と言う話がある。リンクの記事は運動能力に関しての記事だけど、個人的には運動能力に限らず、全ての能力においてパフォーマンスが上がると思う。

私もまさに生きるべきか死ぬべきかについて真面目に考えたことがあり、そこから復活した後も死についてよく考えているので、つまり私は人生の地獄から復活した後、ずっとパフォーマンスが上がっている状態なのでは無いだろうか、と思ったりする。だって私、昔はもっとおとなしい子だったし、そもそも自分が起業することなんてあり得ないと思ってたし。

逆に人生で不幸を経験したことがない人は、概念的には自分がいつか死ぬことを理解していても、本当の意味では自分がいつか死ぬことを理解できていないんだと思う。知らんけど。

なお、今回の記事で私がめっちゃ本を読んでることを理解してくれたと思う。私はマジでめっちゃ本を読んでるし、怪しい本もバンバン読んでる。

私はどちらかというと引き寄せの法則には懐疑的で、懐疑的な理由は引き寄せの法則があたかも「努力しなくても実現できるよ」的なニュアンスで書かれている点にあり、個人的には努力はめっちゃ大事だと思ってる。なので引き寄せの法則の「理想の姿を想像しろ」と言う点は「目的を設定しろ」と言う意味で正しいと思うけど、「努力しなくてもいいよ」には「そんなわけないじゃん」と言う考えなので「引き寄せの法則は半分正しく、半分間違ってる」と言う認識である。

ただ最近

と言う本を買って読んだところ「引き寄せの法則だけでなく、あらゆる全ての成功に関する本を読んだけど、共通するのは目的(夢・理想の状態)をワクワクする気持ちとともに想像すること」と言うのをめちゃくちゃ説得力ある内容で記述されていたので、私は最近毎日寝る前のベッドの上で目的をワクワクする気持ちとともに想像している。だって私は素直だからね。だって私は自分が幸せになるためのあらゆる謀略あらゆる策略全ての手段を使いたいと思ってるからね。

さて、この記事の前半で「人間はベッドの上で自分の考えで自分自身を洗脳している」と言う話を書いたのを覚えているだろうか。

私が毎晩「ワクワクする気持ちとともに自分の目的が達成されている状況を想像すること」で自分自身を洗脳することでどうなったかというと、昔は私の心の中の口癖は「はいはい、ちんこちんこ」だったのに、最近は心の中で自作の「人生が楽しいの歌」を歌っている。

実際に人生は楽しいんだけど、これは起業の成功を目指してそれに向かって努力をしているのが楽しいのだと思う。さらにその上自分が「あー面白かったと思いながら死ぬこと」を目指していて、それに向かって努力しているのが楽しいのだと思う。さらにその上ワクワクした想像での自己洗脳。

結果、自作の「人生が楽しいの歌」を頭の中で歌うやばい人間の完成である。助けて。

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